カテゴリ:ACDトーク( 14 )



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「ACDトーク・ブログ版」にお越しくださりありがとうございます。
第1回ACDの日(2010年12月5日)におこなわれたACDトークの内容をテープ起こししたものを、野村誠さんによるト書きつきで、発言を忠実に再現した形でお送りいたします。

それでは、どうぞお楽しみください。

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「ACDトーク」 ト書きつき(2010年12月5日(日)開催)

■出演 
江渕未帆
野村誠 
深澤孝史
宮田篤
むっき 
長津結一郎(司会)
ほか


■目次
第1幕「ACDメンバーのこれまでとこれから」
第1場「ACDメンバーのこれまでとこれから」
第2場「江渕未帆」
第3場「深澤孝史と”たけし文化センター”」
第4場「むっき」
第5場「宮田篤」

第2幕「取手の資源とACDの可能性」
第1場「さて、何をするのか?」
第2場「Tappinoと井野団地」
第3場「井野団地でのプロジェクト-あーだ(A)・こーだ(C)・だんち(D)」
第4場「続いていくプロジェクトACD―500年後の取手」

第3幕「ローカルかつグローバルなプロジェクト」
第1場「遠くにいる人と現状を共有する」
第2場「取手市のもうひとつの団地―戸頭団地」
第3場「『ローカル』ということ」
第4場「『グローバル』ということ」
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野村:戸頭とか言っていたのも、極端にいえば、団地のここでやったプログラムがサテライトじゃないけど外に出張していくみたいな、団地で考えられて生まれてくるアートをここでちゃんとつくっていく。ここ追い出されちゃうかもしれないし、近くに拠点をもってやり続けられるかもしれないけれど、極端にいったらこの団地を世界的に有名な団地にしてしまうくらいの。そこまで行くには、そこまでの気持ちをもって始めるかどうかだと思うんですよね。さくら苑にしたって、11年僕が行ってますけど、11年行き続けていると、来たことがなくてもさくら苑については有名なんですよね。今福岡でも作品やったりしたし、イギリスでもビデオで見せたりとかしたり、いろんなかたちで、さくら苑に来てないけど、本が出版されて知ってたりとか、いろいろなかたちで、あの有名なさくら苑の樋上さんのわいわい音頭みたいな。あのさくら苑にしてもすごくローカルで、あそこだけで起こっていて、ほかの人たち、ほんの10人くらいのお年寄りがやっているだけのこと。だけどそのことが世界に広がっていく。ものすごくローカルのその人たちだけのこと、非常に個人的なことが、逆に個人的すぎるからこそ一般化されるみたいなことがあると思うので、団地の何号室の人のためのアートみたいなことが、どんだけそれ以外の人に通用していくのかを本気で考えるための場としての取手アートプロジェクト。で、あーだ・こーだ・けーだ。団地の人と一緒に考える「あーだ・こーだ・けーだんち」。

熊倉・えつ:「あーだ・こーだ・けーだんち」。

参加者:「井野スタイル」。「つくばスタイル」というのが定着しているように、井野スタイルみたいなものが出てくれば、それを5月までにつくれば、それはそれなりで成果というか。

野村:追い出されちゃったら、またそこで考えたら良いんですけど、それくらい、「僕たちはちょっとこここに間借りしてるんです」というよりは、井野団地住民であって、井野団地でこそアートをやりたいんだというようなことを本気で考えるというのと、インドネシアにいても、井野団地のことが気になるとか、桜島にいるけど今井野団地どうなってるんやろうとか。

参加者:井野一番にかけつける。

(笑)

野村:四国にいても、井野団地どうなってるんかと、四国から井野団地にアイディアが送られてきたり。

熊倉:ネットがあるからね。「今日の井野一番」みたいな。

野村:大阪にいてもイギリスにいてもどこからでも、井野団地のものすごくローカルなプロジェクトにアクセスできる。本当にここの人のためのプロジェクト。

えつ:私たちの合言葉も、1000人に伝えたかったらまずひとりからという。

野村:そうだね。
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野村:(声をきゅうに大きくして)なんでその個人と、個人をしっかりターゲットをしたらいいんじゃないかという話ですよね。ここに住んでいるa棟の山田さんがどういう企画を欲しているのか、どういうことを考えているのかということに直接ダイレクトに関わって企画を考えた方がいいんじゃないか、と。一般論になってしまうと、一般論すぎて具体的に企画が出てこないと思うので、ここの家は何人家族でこういう構成の、何年生の子がこういうことに興味があって、その子がここにきてやれるようなことは何だろうとか、こういう仕事をしていて、とか。すべての団地に暮らしている人たちが違う背景をもっていることは確かなんだけれど、あくまでもいくつかのケースにしぼって、それをターゲットにするものを出した時に、ほかの家族にもシェアできる内容になるはずだと思うので。

深澤:きょう来ていた男の子の家庭環境とか。うーん。

野村:だからそのなんとかくんをターゲットにしてもいいと思うし。そこでやっていったらいいんじゃないかなあ。5月までのタイムリミットはあるので、半年間でここで何ができるのかということで。でも、もう、極端に言ったら、もうちょっと頑張れば何件かとコンタクトをとるところから立ち上がる井野団地の「あーだ・こーだ・けーだんち」。

(一同笑)

えつ:良いと思います。(拍手)

野村:そんなんでどうですかねぇ。たけし文化センターにだいぶ影響を受けましたが。

深澤:中島さん、こんにちは。さよなら。

(一同笑)

野村:ここに遠くからアーティストが来てたのは良いとして、団地の人がそれよりも少なかったらわかんないですからねぇ。ここのマジョリティは団地の人で、団地の人がたくさんいる中に東京からアーティストがいます、というバランスでいてほしいなぁと。

深澤:団地のための文化センター。

野村:ね。団地のための文化センター。じんじんが来たりするときも華やかになるわけですよね。そういうときにも何か。

深澤:宮田君とかかわりながら展覧会をつくりたい。ぼくが「うんこふみふみたかふみ文化センター」という個展をやった時に、「びぶんかセンター」をしたいという話をした。

宮田:したね。

野村:どの辺の作戦をどううまく詰めていくか。

深澤:微妙な文化。

野村:方向性は良いんじゃないの?関わってくれる人が、協力者がこの団地の中にいるんですか?

熊倉:団地にこだわろうよって言って、どうしようかというところで、すったもんだしたんだけど。もうここ(Tappino)しかなかったから、これまでTAPに関わっていた人たちに連絡をとって、「99キャンペーン」というのをやって1年分の家賃を集めて。拠点にするために考えますと言ったんだけど、いまいちできていない。いろんな案が出ているんだけど、いまいちぱっとしない感じだったんだけれど。…団地はおもしろいので。

野村:おもしろいよね。

参加者:町会の集会所は遊んでる部分がある。有効的に利用するという方向性はないんですかね。

熊倉:みんなが平等に使える…誰かに占有されるというのはだめなので、もう、いろいろな意味で団地は急に、一軒のひとりの子どもから始めて、あるいはみんなで全然違う暮らし方を実験していくまちにしないと、日本中の団地は存在する意味がないので。松戸に常盤平団地という有名な団地があって、緑が多くて、団地ってマンションと違って緑がすごく多いじゃないですか。一番最初に団地の設計をしたときに、例えばコルビジェの弟子が関わったりとかして、新しい日本をつくっていくという社会実験で、仕事のある人しか入れないとか、非常に進歩的な、文化的な人たちが入るとか、1960何年に、首都圏団地年鑑というのが出て、そこではショッピングセンターで商売をする人たちへのマニュアルが書いてあって、まちの住人というのは文化的な人たちだから、文化的な商売をしなくちゃいけないと書いてあったらしい。その後マイホームブームみたいになっちゃったけれども、共有の広場、はらっぱがあるような団地もあったりとかして。

野村:さっきおっしゃった集会所というのはそういう?

参加者:団地は団地内の集会所があって、戸頭だったら戸頭町会の中にそういう集会所というのがあるんですね。それはほうぼうにあるから、来年の5月以降考えるのであれば、そういうのを有効にしていくのも方法なんじゃないか。福祉交流センターみたいなものもあると思うんですけれど。

野村:まず一辺今日の時点では、5月以前のことにしましょうか。僕もあと10分くらいで出て行くので、5月以降のことはまたあとで話していただいて、5月以前はここで。

熊倉:TAP自体も、団地というものにひとつ拠点をもっているという意味を、わかんないけれども、私がいくら言ってもあんまりみんなぴんときていないような気がしていて、ちゃんと考えられていないような気がするんだけど。

金子:傾向として、40年代にここができたときには、ハイソサエティな人たちが入ってきたんですけれども。

えつ:すごくTAPとして今一番必要なものを提示していただいたということで、すっごい嬉しい。

金子:その辺で遊んでいる子はやんちゃな子。

野村:その辺で遊んでいる子たちどどう関わっていくのかとか、極端に言えば、ここを追い出されても、その後も井野団地でプロジェクトが続いていくくらいの素地を残すには、どんだけのことができるのか。

熊倉:基本的には裏側に、ここの半分くらいのところ、そこへ引っ越さないかとURは言っていて、だけど、そこの家賃を払う決意をするには、我々自身が団地おもしろいじゃんともうちょっと本気に思って、関わりつづけるモチベーションを具体的に持たないと、この中で文化的公民館みたいな不特定多数を発想しているからだめなんだと言ってしかりつつ。

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(参加者のひとりが手を挙げる)

参加者:いいですか。わたし、戸頭に住んでいるんです。戸頭団地(注1)というところがある。ここが来年5月で終わるとしたら、そのあと戸頭でもできるような企画というか、そういうものを将来的には見ていきたいと思っているんです。ここでやった場合、誰が主役かということを考えると、ここに住んでいる人たちが主役になって、そういううちらはサポーターみたいな感じでいけば、それが発展的なものにつながっていくんじゃないですかね。

野村:うん、だからここでやったことと、まったく同じプログラムでないにせよ、ここでできれば、まったく違う団地でもまた違うバージョンでできると思う。

参加者:たとえば、天才バカボンで、えーとなんだっけ、「これでいいのだ」とかあるじゃないですか。だからね、「これでいいのだ団地」とかね。

(一同笑)

参加者:戸頭だったら歌に「ほんとかしらとがしら」っていうのがあるんです。

(一同笑)

参加者:そういうおやじギャグが入れば、だれでも身に入ってくるような、ポピュラーなものをやっていけばけっこうおもしろいというか、そこから普段なかなか敷居が高い感じでも入っていけるのではないか。たとえば、お年寄りが好きな写真展とか、花とか、いわゆるその文化祭的なものにアートが踏みこんでいく。やったらいいんじゃないですか。

野村:やったらいいんじゃないですか?

金子:戸頭の終末処理場(注2)には行かれましたか?

参加者:あ、行ったと思いますよ。あの、公園でアートみたいなやつ(注3)。結構取手って公園が多くて、公園をちょっとアーティスティックな部分でやればおもいろいなと思いますよ。あとふれあい道路の街路樹が夏はぼうぼうなんですけど、あれもアーティスティックに手を加えれば、クリスマスシーズンとかイルミネーションにすれば、結構おもしろいものが、私はまあ取手に住んでいるんで、結構そういう掘り出し物があるので、それをアーティストの力を借りていけば、かなり良いところまで行けるんじゃないかと思っているんです。

野村:だから、それに向けてのプロローグとしても、ここで何ができるかということをまずやって、5月に追い出されたあとに次どうするかっていうのはあると思うんですけど。

伏里:それは、ここに住んでいる人のアーティスティックな部分を抜き出していかないと、先につながっていかないと思うんですよね。わたし見る人、あっちはやる人という感じじゃなくて、みんな個人にもアーティスティックな部分があると思うんです。


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注1:「戸頭団地」...取手市の西側に位置する団地。昭和50年に建設。
注2:「終末処理場」...戸頭地区にある現在使われていない汚水処理施設。TAP2006ヤノベケンジプロデュース「仕掛けられた終末処理場」の会場となり、エアレーションタンクが展示室となった。
注3:「公園でアートみたいなやつ」...宮ノ前ふれあい公園は、TAP2006藤本由紀夫《GARDEN(MIYANOMAE)》の会場となった。

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(遠くにいるメンバーとスカイプがつながる)

長津:中島さんがつながりましたー。

野村:(パソコンのスカイプの画面を覗き込みながら)もしもしー。ってか、見えないよ。

長津:あ、音声だけなんです。

野村:音声のみ?

えつ:山中さん?誰?

長津:マイクじゃないと通らない。

むっき:マイクじゃないと通らないそうです。はいだれかマイクで話す人…!

野村:はい。

むっき:(野村にマイクを渡しながら)はい。

野村:(マイクを受け取って)もしもし。

中島:もしもーし中島ですー。

野村:あー野村です。(壁に設置されているスピーカーを見ながら)めっちゃスピーカーから聞こえますねー。

むっき:(スピーカーを指さしながら)そこのスピーカー。

野村:あの、えーっと、いま、だいたいいろいろトークしてたんですけど、ここのTappinoっていうところが、井野団地っていう団地の中にあるんですよ。

宮田:(思いたったように)(注1)を描こう。

野村:絵を描いても見えないんだよ。

むっき:見えない。

野村:そこで、この、あの、取手市全体のことは忘れて、

中島:はい。

野村:井野団地に特化したプロジェクトを、このTappinoだけでやりましょうというのが、今のところの話です。で、井野団地に特化したプロジェクトをやるんだけど、まあ、ぼくらというか、取手にはなかなかこれないですよね、遠くにいる人たちや私も含めて。遠くにいる人たちとシェアできるような仕組みを考えつつ、井野団地に特化しためちゃくちゃローカルかつグローバルなプロジェクトをやりましょうという、コンセプトとしてはコンセプト。要するに、井野団地以外の人を、関わっていいんですけど、ターゲットは井野団地にいる人たちっていうふうにしぼる。それで、どういうふうにパブリシティをかけたり、どういうプロジェクトをやったりしたらいいかそのことをターゲットを井野団地にしぼりながら、めちゃくちゃ遠距離の人たちとシェアしていきながら進めるという、 ローカルかつグローバルなプロジェクトで、じゃあ何をしましょうかというところまで来たところですね。

中島:わかりました。ありがとうございます。

(マイクが野村から長津に渡る)

長津:えっと、あ、長津です。で、いま、Tappinoは事務所にしている場所なんですけど、井野団地という団地の中にあるところで、建築家にリノベーションしてもらってけっこうきれいになってるんですけど、もと銀行で、でも今のところあと5カ月で出て行かないといけない事情もあって、何かできたら良いなと思っていて。

(マイクを江渕に向ける)

江渕:あ、えーと、江渕です。

中島:どうも。とりあえず、ローカル、かつグローバルな何かなんですね。さきほど野村さんから詳しく聞きました。なんとなく輪郭はつかみました。

江渕:おしずはACDの今年の関わるかどうかっていうのをどうも悩んでいたみたいだけど。

中島:え、別に悩んでない。

江渕:「出るかどうかもわからない」みたいなこと。

中島:わかれへんけど単純にその、予定が合うかどうかわかれへんくて、気はあります。参加を迷ってはいないです。行けるかどうかの。

江渕:お。来られるかどうかわからないけれど、妄想で作品をつくるとかつくらないとか。どうしましょうね。

中島:もっと時間がほしい。

江渕:もっと時間がほしい。

野村:だからねぇ、もっと、さらに言うとね、井野団地プロジェクトなんですけど、さっき深澤くんからたけし文化センターの話を聞いたんですが、井野団地の人と言ってもたくさん住んでるじゃないですか。で、そのたくさん住んでたらもうわからないから、5人くらいで良い、1人でも良いですよ。井野団地の誰だれさんとか特化してしまったほうが良いんじゃないかな。たとえば井野団地のa棟の誰だれさんとb棟の誰だれさんとc棟の誰だれさんとd棟の誰だれさんに、楽しんでもらうにはどういうプロジェクトをやればいいか、というように、ターゲットを4人くらいに絞る。

中島:うん、そのほうがいいかもしれないですね。

野村:その人たちに、ここを楽しんでもらうためにはどういうプロジェクトを立ち上げたらいいかみたいな、たとえばもう、宮田君とa棟の誰だれさんと企画を立てるくらいのところでやって、それをやればほかの団地に住んでいる人たちにも興味にも触れるはずで、ほかの市民の人たちにもつながるはずなので、もういっそのことひとりとかふたりとかをターゲットにして、団地一般論をやめてしまったほうが良いのかも。で、そしたらもう具体的に、団地にコンタクトのある誰さん誰さん誰さんと、直接話すとこから始めるみたいな感じで、そしたらもう宮田君となんとかさんが話すだけから、こういうことがやれたらいいね、と考えるとか。長津君と誰かが、話すとか。


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注1:「絵」...ライブ書記の絵や文字がプロジェクターで投影される。


→第3幕第2場「取手市のもうひとつの団地―戸頭団地」へ
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■「アートのある団地」と「半農半芸」

川本:えーと、私が担当しているのは、3月にきむらとしろうじんじん(注1)さんという、独自の野点をやる方をお呼びして、で、その、野点をつくるまでのプロセスを運営スタッフとして団地の人に入ってもらって、いま自治会の人がメインで入ってもらってるんですけど、一緒につくりあげるまでのプロセスを体験して、っていうのを私は担当しています。

長津:…えーと、今年は、野村さんにはすでに一度ご説明した気がするんですけど、TAPの活動として、オフィスがNPO化したというのもあって、企画をイベント型で3月に単年度で終わる従来のものではなく、長期的に腰を据えて何をやっていくか考えていくというのがあって、その中で2本柱があって、そのうちの1つが「アートのある団地」(注2)という枠組みで、

野村:あ、そうなんだ。もう忘れてました。

長津:と、もう一つは、椿昇さんのプロジェクト(注3)に代表される「半農半芸」(注4)というプロジェクトがあるんです。で、団地の中でということから、この場所を拠点に、ということで、ひろく「アートのある団地」という概念をとらえようとしているんですけど、ACDはどっちかというと、ここが拠点で、市内のいろんなところとか、昨日、今日の話だと、日本各地、インドネシアまで広げていくような…

(プロジェクターでは、深澤によって、寂しげな草原に2本の柱が建てられている絵が描かれている。お客さんが笑いだす)


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長津:…ことっていうか、ここはただの拠点というイメージっていうのもあったんですが。この場所でやるというのはすごく…

熊倉:(画面の絵を見て)500年後の取手…!はっはっはっはっ(大爆笑)

(一同ざわつく)

野村:ぜんぶここでやったほうがいいと思いますよ。全部ここでやって、あのー、

長津:(画面に気をとられて)500年後…!

(一同大爆笑)

野村:(話を続けようとして)で。

熊倉:(まだ画面を見ながら)いいんだよ、遺跡になってる。

■最終回 売りつくしセール

野村:…その、言っていることが逆ですけど、「何をするかわかりません」ということじゃなくて、「こういうことをしますから」ということを発信していかないと、団地の人たちにとっても、ここにアクセスできないですよね。だからその、ACDで「ACDパーティーやります」みたいなことでは、何だかわからないので。逆に言うと、看板をわかりやすくかけて、「ここは蕎麦やってます」とか何かやってますと言って、出てきた変なメニューっていうことはあるけれど、団地の人たちに来てもらうためのプログラムっていうのは、何か考えていく必要はあるんじゃないかなあ。だから要するに、看板をちゃんとかける。実際に看板建てるわけじゃないけど。看板をたてることは大切だと思うんです。だって、「微分帖」って言われてもたぶんわからないけれど、やる内容は微分帖でいいと思うんです。たとえば。たとえばですよ。微分帖をやるけれども、どんな看板を立てたら来てくれるかなっていうようなね。そういう看板を立てて、なんか、うまく団地の人たちと関われたらいいなあっていう感じはしますね。ここで関わっていくと、関わっているうちに、あそこに来ると他の世界とここがつながっていくんだということは、関わってくればいろんな人たちがわかる、体験できると思うんですけど、でもその大きな一歩っていうか、ラウンジとしてここ休憩できるんだ、というのは、ラウンジだっていうことがあるから来るわけですよね。あ、あそこで休憩できるんだ、ダンスサークルのあとに寄ってお茶でもしようとか。だから、そういう看板ですかねぇ。「ACDの日」ではちょっと。「今日はACDの日ですよ、来ませんか」と言われてもちょっと、何だかわからないかなあ。

宮田:あそこ使える、ここ使えるも資源だけど、ここ実はもう来年、あと5カ月くらいです、とか、これここまでですとかっていうマイナスっていうか、「期限」も、「資源」っていうかねぇ。使いようだから。
そういうのも知ってるといいかなあと思いましたね。ここもったいないしね。5月に終わっちゃったら。いろいろ使いたいですね。

野村:もう、ねぇ、なんか、閉店まじか売りつくし大セール!みたいな(笑)。もう間もなく閉店、Tappino売りつくし、次は今日は微分帖安いよ~、じゃないけど、なんかこう、もう、大安売りみたいな。

むっき:きゃはははは。

野村:100本ノックじゃないけど、大安売り大セールみたいなのやったらいいんじゃないですか。

長津:明日はいないよー、みたいな。

野村:「もう、もう、もう今日限りだよー」みたいな。宮田篤Tappino来るの最終回!深澤孝史最終回!なんとか最終回!だから今日野村誠Tappinoに来る最終回って言ってた方がよかったかもねぇ。もう今日で来ませんよ、みたいな。

むっき:いろいろ最終回。

宮田:なんかそのラウンジに今来ている人達は、来年はないですよ、ということをまったく知らない?

えつ:知らないと思う。

宮田:あれ、あそこいつの間に、っていうのはさびしいかもね。次どこに行くんだろう。キャラバンみたいに連れていけたらいいけど。

野村:で、まぁ、その、具体的に、まあなんか、どうしましょうっていうことをそんなに言ってないんですけどね。まぁ、あとはみなさん考えといてね~、っていう。なんかちょっとあれば、みんな、紙に書いて渡す(注5)のはもうなくなっちゃったんですかねぇ。直接でもいいんですけど。どうしましょうか。ちょっともうこれくらい話したし、そっちのほう生きながら、お菓子つまみながら、だいたいのあれはとれたから、もうマイク取って。どうですかねぇ。

(移動。がたがたとイスを動かす音)


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注1:「きむらとしろうじんじん」...TAP2010ゲストアーティスト。2011年3月に「野点in取手+Takibino」を取手井野団地にて実施。
注2:「アートのある団地」...取手アートプロジェクトのコアプログラムテーマのひとつ。詳しくはこちらを参照。
注3:「椿昇さんのプロジェクト」...「半農半芸×RADIKAL CARBON 2011」
注4:「半農半芸」...取手アートプロジェクトのコアプログラムテーマのひとつ。詳しくはこちらを参照。
注5:「紙に書いて渡す」...この日のトークでおこなった、来場者が質問用紙に質問やコメントを書いて「お絵かきブース」のライブ書記係に渡し、画面に投影する仕組み。


→第3幕第1場「遠くにいる人と現状を共有する」へ
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■「井野団地文化センター」

野村:なんか、あのー、ここでできること、というのが考えでひとつあるんじゃないかなあ、って。いろんな場所、取手市のなかのいろんな場所に、分散したり、ここでも何かできる、ここでも何かできるといっても、取手市というデカい市を全部相手にして、あっちにもこっちにも出張していったらいつまでたっても終わらないんですけど、今ここに拠点があるんだったら、5月に追い出されるんですか?

奥村:えーと、一応。はい。

野村:はい。その、5月に出ていくまでのあいだに、ここでどれだけのものができたり、どれだけのものを残せるのかということ。さっきのたけし文化センターの話じゃないですけど、たけし文化センターはねぇ、公共性と言いながら、たけしというものを主軸に置いて行ったわけなんだけれども、取手アートプロジェクトといったら取手市全体に向けてやるべきアートプロジェクトだと思うんですけど、これなんていう団地なんですかね。

長津:井野団地(注1)。

野村:その「井野団地文化センター」じゃないけれど、井野団地に特化したアートプロジェクトとしてたとえば何かを発信してたとしても、井野団地のためにあるアートプロジェクトは、べつに取手市民全体にとっても、取手市民の全体のプロジェクトになりえるって思ったら、ひとつのターゲットとして、井野団地の人たちとどれだけ関われるんだろうとか、何ができるんだろうかみたいなことに、ひとつフォーカスしてみるっていうのも、ありかなあと思ったりするんですけど、どうですかね。

■団地ベースのプロジェクトをどうやっていけるか

熊倉:団地、宮田さん団地でやったことある。

宮田:団地?あー、そう、2008年の時は。

野村:ん?ここの団地で?

宮田:すぐそこで…

熊倉:それも説明しないと野村さんわかんないよ。

宮田:(思い出しながら)3-12だったかな(注2)、すぐそこで…

熊倉:2008年は、また公募展だったんだけど、わりと普通の公募展に戻して、2006年は藤本さん(注3)の提案で、携帯電話の携帯メールで、ぜんぜんアーティストじゃない人たちが応募できたのに比べると、2008年は、普通にアーティストのプロポーザルを出すタイプの公募展に戻って、ただ、この井野団地を舞台にして、なんだっけ、電気・ガス・水道…

むっき:電気・ガス・水道・アート完備(注4)。

熊倉:というタイトルで、外だけじゃなくて、住んでいない家、あるいは住民の人に協力してもらう作品とかもあって、その一環でここ(Tappino)も借りて、このインフォメーションセンター兼カフェみたいにしてやったんですよね。その時に団地で何かやるということで、宮田くんまた応募してくれて、団地に、あそこ住んでた(注5)んですよね?

宮田:あそこ、2か月。

熊倉:2か月住んでいただいて、子どもたちが遊びに来てもらって、常時ワークショップをやっているみたいなことをやってくれたのかな。で、そうそう、住んでて団地どうですか?っていう質問をしたい。

宮田:どうですか、という質問。えーとね…

熊倉:団地って住んだことある?(なぜか関西弁風)

宮田:団地初めてなんですよね。なんだっけ、下宿みたいなのはあったけど、団地ってのは初めてで。うーんと、ドアが重いっていう印象。

一同:笑い

宮田:「ガトゥーン」って閉まるんですね。で、「バツーン」と鍵を閉めて。で、あの、おちゃ感(注6)っていうのをやって、お茶を出しながら、お茶を飲みながら、さっき言った微分帖とかをやっていたんですけど、まぁ、普通に生活していて、意外と上の子が遊びによく来たりとか、最後片付け手伝いに来たりとか、プロフィールに「梅干しが好きです」と書いたら梅干しをお母さんが持ってきてくれたりとか、関わりっていうと、そういうのが多かったかな。あの…うん。

野村:その人たちがまた、今日たぶん来てへんよね。

宮田:今日はたぶんいない。

野村:でもまた「あの時の宮田くんが来てるんや」ということがあった時に、じゃあまあ1月とか2月とかに誰が来てどんなことをするのかっていうことを考えていかないといけないと思いますけど、取手市全体に発信するにしても、やっぱり、この団地ベースのプロジェクトをどうやってやっていけるか。まぁ5月に追い出されるんだったら1、2、3、4、5まで。で、団地と、この四国中央市だったり、桜島だったり、インドネシアだったりが、ここを起点につながるっていうか、世界につながる、日本全体につながる団地のセンターをここに置くアートプロジェクトとして、2010~2011のACD団地プロジェクト、団地パーティー…

長津:団地パーティー(笑)

熊倉:あ、とうとうACDのDに意味が…!

野村:ACDのD…

一同:(口をそろえて)団地!

えつ:あーだ・こーだ・だんち

野村:あーだ・こーだ・だんち。ACD。ACDのDは団地(注7)。

(画面に「Danci」と描かれる)

長津:(画面を見ながら)Danciになってる。

野村:なんかそういうことを考えられたらいいんじゃないかなという気はしていますね。

熊倉:あの、ぜひ、じゃあ団地でTAPが他に何をしようとしているのか、団地チームリーダー。

野村:団地チームがあるんですか?ちょっと聞かせてください。

熊倉:いや、団地チームじゃないけど。

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注1:「井野団地」...ACDトーク会場となったTappinoが位置する団地取手井野団地
注2:「3-12だったかな」...井野団地の「街区-号棟」の番号。実際は3街区14号棟に滞在していた。
注3:「藤本さん」...藤本由紀夫(サウンドアーティスト)。TAP2006ゲストプロデューサー。
注4:「電気・ガス・水道・アート完備」...TAP2008タイトル。ゲストプロデューサーのみかんぐみ(建築家ユニット)、7組のゲストアーティスト、13組の公募選出アーティスト、6組の国際交流プログラムのアーティストにより、団地の部屋内や屋外の広場、公園、こども用プールにおいて作品やプロジェクトが展開された。作品制作に際し、アーティストが団地の部屋でレジデンスをおこなった。宮田篤も参加アーティストのひとり。
注5:「あそこ住んでた」...宮田は、TAP2008実施時に2ヶ月間、井野団地でのレジデンスを体験している。
注6:「おちゃ感」...宮田篤のTAP2008参加作品タイトル。《おちゃ感(TIME AFTER TIME TEA TIME AFTERNOON)》
注7:「ACDのDは団地」...「ACD」は、「あーだ・こーだ・けーだ」をACKと略するところをメールでACDと間違えてメンバーにより考案されたが、野村から「あーだ・こーだ・けーだをACDと略するとは!」と好評を得てそのまま定着していた。今回のトークにより、「団地」という新たな意味も見出したことになる。


→第2幕第4場「続いていくプロジェクトACD―500年後の取手」へ
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■Tappinoという資源

野村:(マイクなしで)まず、ここを、せっかく、ここはいつまで使えるの?Tappino(注1)。これはどうなってるの?

熊倉:(マイクなしで)誰か?

金子:(客席後方からマイクなしで)来年の5月までです。

野村:(長津からマイクを受け取り)来年の5月まで。ここは、どういう経緯でここを使っていて、これ団地の中なんですかね?この団地の人たちの関係とか、ここに団地の人はどのくらいいるのか、とか、そういうことも含めて、ちょっと知りたいんですけども、今の現状というかTappino。今、ひとまずここに来ているわけだからね、我々。

むっき:(マイクなしで)2008年にここでカフェをやった。

野村:ちょっと事情を。はい、じゃあ聞かせてください。今どうして今我々がここにいて、ここで。

宮田:(マイクで)使わせてもらえたのはなぜなのか。

野村:経緯がわからずに、いきなりここに来てるんで。

奥村:(前に出て来てマイクで)ここは、もともと常陽銀行の出張所だったんですけど、そこを、2~3年くらい空いていたところを、2008年に、展覧会をするときに、敷地内でやったときに、みかんぐみにお願いして、今もほとんど同じ状態なんですけど、カフェとしてリノベーションしてもらって、そのときにはカフェとして使ったんです。そのあと、半年間くらい空いていたんですけれども、TAPのほうで事務所を引っ越さなければいけないという状況で、たまたま、ここが空いていたままにしていて、すごくもったいないので、という話になって、ここに引っ越してきました。それが2009年の6月です。それからは、ここで、一応区切ってあって、(奥の方を指し)こっちのほうが事務所スペースで、(今いる場所を指し)こっちがこういう感じでゆるーく使える広いスペースとして使っています。

野村:(宮田からマイクを受け取り)ここで何やってるんですか?「100本ノック」 (注2)はここでやってるのだいたい?

奥村:ここを拠点にということでやっています。そもそもの目的は、ここをうまく使い切れてないよね、というふうに、今年度の最初に話に出て、予算もないし、ここは結構、意外と家賃もかかっているんですね。なので、ここをフルに使えていくような企画にしよう、ということで、会期も長く設定(注3)して、始めました。

■TAPと井野団地の関わり

野村:今ここにいる人で、ここの団地にお住まいの方ってどのくらいいらっしゃるんですかね?いらっしゃらないのかな?

奥村:大内家くらいですね。

長津:(マイクなしで)事務局の羽原さんのところ。

野村:ああ、ここの団地に。

奥村:はい。団地に住んでいる。

野村:さっきのトークと、いろんなトークにしても何にしても、ここの住民の人と、どういう関係を築けてたり模索したり、取手アートプロジェクトが全体に対して発信するんだろうけれども、この団地との関わりあいというのは、どういうことなんですかね?団地の中にあるんでしょ?

奥村:団地の中です。ほとんど中心的な位置。

野村:どう思われているのか、変な人たちがいてあそこは寄りつかんとこう、と思われてるのか、結構仲良くなってるのか、ちょっとみんな疲れてるから、りんごあるからちょっと食べえや、と置いてってくれるおじさんがいるとか、そういうふうになってるとか、どんな事情なのか、僕ら一日ぽっと来ただけでわからないので、どうなんですか?

奥村:一応、「100本ノック」と設定してから、週末はせめてオープンにあけようというふうにしていて、成果もあって、ようやく、何か芸術的なことはしているというふうに思われていると思います。あとは、それ以外に、ちょっとこの前あったのが、棚のラックの足を切ってくれないか、誰か切れる人いない?というふうにお願いされたりとか、そういう便利屋さんじゃないですけど、そういうふうにも思われている。いやとは思われてなくて、むしろ、好意的なんだけれども、こちらとしてはもうちょっと踏み込んできてほしいという状況ですね。

金子:(客席後方からマイクなしで)毎年夏祭りで、取手アートプロジェクトで参加している盆踊りで、ブラス音頭とマルトノ音頭、山中さんの盆踊りを入れてくれて、すごく喜ばれて、自治会とは仲良くやっています。ただ、ここの場所には、やっぱりどうしても入りづらいと言われて、今は火曜日と金曜日が事務所オープンなんですけれども、その日をラウンジとしてオープンしてますよ、とアナウンスしていて、ようやく、ダンスの同好会の方が活動が終わったあとにお茶を飲みに来てくれたりとか、子どもたちが、そこに大きな黒板があるんですけれども、そこの黒板のチョークと黒板消しをここに置いてあって、それを仮に子どもたちが出入りしたりとか。

むっき:(マイクなしで)カードゲームやったりとか。

えつ: そもそもその黒板を作ったのも「3カラプロジェクト」と言って、ご覧になられたかわからないけれど、外に、得体のしれない影みたいなのがある。この全体の、第3…第3…

奥村:3街区。

えつ:3街区という場所のペンキの塗り替えをするときに、こちらにオファーが来て、何かちょっとこのへんも塗ってくれないか、デザインしてくれないか、というオファーだったのよね。それを、3カラ、3街区のカラーリングプロジェクト、3カラプロジェクト(注4)と銘打ってやった時に、私たちのアイディアで、そこに黒板を作ったの。それは、子どもたちとコミュニケーションするのに役立っている。


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注1:「Tappino」...TAP事務所兼オープンスペース。詳しくはこちらを参照
注2:「100本ノック」 ...TAP2010タイトル
注3:「会期も長く設定」...例年秋の1ヶ月程度、毎週末金土日の会期でオープンしていたが、「2010年7月11日(日)~2011年3月27日(日)の金・土・日ほか」の8ヶ月とした。
注4:「3カラプロジェクト」...取手井野団地3街区ショッピングセンターエリア色彩計画「3カラプロジェクト」


→第2幕第3場「井野団地でのプロジェクト-あーだ(A)・こーだ(C)・だんち(D)」へ
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野村:(マイクを長津から受け取り)今日来ている人はこの方々で、他にあと13組くらいいるんですけれども。なかなか。遠くの人は来られないという。

(客席に遅れて入って来る人がいる)

熊倉:(客席の後ろの方を見て)あれ?ロシア?

宮田:(マイクで)ロシア?

熊倉:(マイクなしで)ロシアから帰ってきた。

宮田:お帰りなさい。

野村:(会場が落ち着くのを少し待って)それで、僕も今日の後しばらく当分取手に来る予定はないんですけども、みなさん何をしていきますか、ということについて、ここで考えようという会、ですよね、今日は。取手で何をしたいかということを考えるときに、取手に何があるのか、ということがちょっと聞きたい、というのがあって、取手でこんなことができる、ということがわからないと、また取手に長期住んだり、とかしないといけないですよね。取手に長期住んで、じっくり時間をかけてつくってく、ということができれば、それはもうすごくベストだと思うんですけども、なかなか予算もない、なんとかもない、みたいな、じゃあぱっと来て、何かやるというときに、じゃあリサーチするだけで終わっちゃいますよ、という。じゃあ、どうしたもんか、というときに、じゃあ、取手には何があるのか、みたいなことですよね。さっきのペットボトルや鍵盤ハーモニカの話じゃないですけど、結局、取手にこれがある、これはすばらしい、というふうに、誰がどこを選ぶかにもよるわけじゃないですか。他の人はそこを活用できるじゃないと、思っていなかったとしても、そこにははっきり、(力強く)取手にはこんなものがある、こんなものがある、ここはもっと活用していける、みたいなことがあると思うし、さっきの横浜の老人ホームに僕が11年行っているように (注1)ですね、11年の最初の一回目のときに、樋上さんはそんな即興の天才でもなんでもなかったんです。すごいおもしろいお年寄りであったことは確かですけれども、11年通い続けた結果、樋上さんは、あそこまで即興の達人になっていったり、とかもするわけなので、やっぱりそこの、どの資源を、どんだけ掘り下げていくかというか、取手にある何を僕たちがどういうふうに活用していくか、ということを、ちゃんとプランをした上で、そして、このメンバーや、ここにいないメンバー、例えば、僕がインドネシアにいるとか、三好さんが四国中央市にいるとか、浦田さんが桜島にいるとか、という人たちともシェアしながら、取手アートプロジェクトをどんなふうに進められるかみたいなことを考えたいな、と思って来たんですけど、取手にはどんな資源があって、どんな可能性があるのかということを、ちょっと考えたいな、と思ってきたんですけど。(はっと気づいて)そうか。取手の話を熊倉さんにしてもらうとか言ってたんでしたっけ?

熊倉:(マイクなしで)取手のみなさんに。

長津:(マイクを受け取り)TAPのほうでも、ACDを今回TAPの中でどういうふうにやっていくかと考えて、野村さんとそういう話になったので、取手の資源って何だろうと。

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注1:「横浜の老人ホームに僕が11年行っているように」...野村誠、大沢久子著『老人ホームに音楽がひびく?作曲家になったお年寄り』参照。


→第2幕第2場「Tappinoと井野団地」へ
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■2006年の活動――「いろいろな素材で「お」と「と」をつくってぶつけ合えばおもしろいと思いました」

長津:宮田篤さんです。宮田さんはしゃべりますか?2006年のときは(宮田立ち上がり、正面のトーク席へ向かう)

野村:(マイクなしで)深澤さんが書きにいったら?

(深澤トーク席からお絵描きブースに移動)

長津:2006年のときは愛知の大学生。

(宮田篤という字が書かれるが、竹かんむりのところを、人人と書く)

宮田:(スクリーンの文字を見ながら、マイクなしで)そこ人が二つじゃなくて竹だから。

野村:(マイクなしで、話題をもとに戻すように、長津の方を見て)まだ大学生やったね。

(むっき、宮田にマイクを手渡す)

長津:このときの公募がプロポーザルとか作品プランをだすだけではなくて、さっきむっきがとおってるように、一言何かアイディアを送っても応募できるという仕組みをとっていたんですが、そのときに宮田さんは、「いろいろな素材で「お」と「と」をつくってぶつけ合えばおもしろいと思いました。」でしたっけ?

宮田:(マイクで)そうです。

長津:という一言を書いて、それが野村さんに見つかって、これはおもしろいんじゃないかということで採用となったら、愛知県芸の学生さんだったという。

野村:(マイクなしで、しかし大きな声で)だってプロフィールも何もついてないからどんな人かわからないですよね。「お」と「と」をぶつけるとしか書いてないから。

長津:どこの人かわからなかったですね。このときは、油絵科専門なんですけど、結構この2006のときは、(写真を見ながら)ここでも歌ってますけど


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いろいろなコラボレーションをほんとにたくさんしていて(注1)、これを契機にコミュニケーション型のワークショップとか作品をいろいろとつくるようになって、2008年のときにはTAPで公募でまた選ばれて参加して、今は東京に住んでいる。(一同拍手)

宮田:(驚きながら)拍手が。

■「天才ですね野村さん、さよなら」

長津:(拍手が鳴り止むのを待って)天才です。

野村:ちょっと待って、ちょっと待って(マイクを受け取る)
今「天才です」って言ったけど何が天才なんですか?説明足りないんじゃないですかね。こうだから天才です、という何をもって天才というか、知らない人に伝わらないのでお願いします。

長津:ああ。ええと、そうですね。何が天才なのかなあ?

宮田:詰まっちゃうのそこは?(会場:笑い)

むっき:(マイクなしで)今、何を根拠に。

野村:(マイクで)何がって、言ったの自分なんですから、自信をもって言ってください。はい(マイクを長津に手渡す)

長津:天才だと思って。

野村:(マイクなしで)なぜ思ったか。

長津:(少し、考えた後)例えば今日のプロジェクションをお願いしたのも、ぱっと何かを受け取ったときに、それを自分の回路というか、自分の文脈に落として、それをぱっと表現にして、どこか笑えるんだけど、どこかほんとに笑っていいの?みたいな境界線みたいなところも提示するような、ちょっと一風変わった表現に受け取ったことを変換するのが、即興的にできる人だなと思って、それはすごい天才的だなと、僕は思うんですけど。

江渕:(マイクなしで)直感力。

むっき:(マイクなしで)直感力。

宮田:(マイクで)僕は「天才、天才」言われたことがないので、今日急に「天才」って。

熊倉:(客席からマイクなしで)長津しか言ってないの?

長津:(つぶやくように)そんなことない。

野村:(長津のマイクを奪い取り)天才天才って言われたことない?どうやって言われてんの?

宮田:どうやってって、宮田くん宮田くんと呼ばれます。(会場:笑い)

熊倉:(客席からマイクなしで)そりゃそうだよ。

野村:(マイクで)そりゃ「おお天才!」とは呼ばないでしょ。

宮田:振りかえれないでしょ、それは。

むっき:(マイクなしで)ああ、おかしい。

野村:天才天才って呼ばれた人はあんまり聞いたことない?

むっき:(マイクなしで)なんか初耳。もしいたらすごいと思うそれ。

野村:でも、あんまり言われないですか?

宮田:みなさんありますか?天才とか、普段あんまり言われない。

野村:僕結構言われる。(会場:爆笑)

野村:あの人は天才やとか、天才で片付けられるのが、「ちょっと待ってよ、天才で線引きするのやめてくれません?」みたいなときはあります。結構言われるから。

宮田:天才って札つけて、ぱっといっちゃうみたいな。

野村:なかったことにされるみたいな、例外。話をそこで終わらせられるときがあって。

宮田:「天才ですね野村さん、さよなら」みたいになっちゃうから。

野村:あの人は天才だからしょうがない、みたいな。「はい、で、我々のことを話しましょう」みたいな。(会場:笑い)
例外のおりに入れときましょう、みたいな感じがあるんですけど、あんまり言われない?

むっき:(マイクなしで)表現がひどい。

宮田:なんか言われると居心地悪いですね。

野村:長津くんが言ってるんですね(マイクを長津に手渡す)

長津:(マイクで)僕だけじゃないと思いますけど、なんかすみませんでした。(会場:笑い)

長津:別に片付けたいわけじゃないんですけど。

野村:天才って言うときは理由を。

むっき:(マイクなしで)根拠を持つっていうか?

野村:根拠を付け足さないと、それで終わった気になって語られないことになってしまうみたいな。みんなは分かったような気がするけど。「宮田くんは天才ですね。彼は天才ですから。」

宮田:「まあいいじゃないですか。」みたいな感じで。まあ、聞けて良かったですけれど、メモもしてくれてよかったです。「ぱっと何かを受け取ったときに即興的に表現。」何が?

野村:ちょっとぱっと何か振ってみてください宮田くんに(と言って、マイクを長津に渡す)

長津:え?・・・・・・・・・・。(会場:笑い)

むっき:(マイクなしで)何も言わなくなった。

宮田:野村くん天才・・・野村君じゃない、長津くんは天才じゃないからね。


■微分帖というおもしろい遊び

長津:(マイクで)まあ、でもそうか。微分帖(注2)とかは、2006年にはなかったけど、そのあとずっとやっている。

むっき:(マイクなしで)微分帖やったやった。微分帖は、漫画とか絵本バージョンとかもある。

宮田:微分帖というおもしろい遊びがあって、もともと微分と美文のダジャレでみたいな、これはTAPが最初だったんですよね。TAP2006で、急に、児童画展というのを毎年やっていて、児童画展にアーティストを派遣したいので、そこで何かやりませんか、と言われて、「肉」がのりこむとか、いろいろな噂があったんですけど、僕もワークショップをしたいなと思って、僕できるかな、と思ってやったら、できたんですよ。


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ああ、こういう感じおもしろいなと思ったり、知らない人とやるのおもしろいな、と思ったりして、2006年にはできなかったけど、2008年くらいまできて、その後ずっとおもしろくてやっている(注3)遊びですね。このくらいにしましょうか。

長津:2006年のときはこれはやってない?

野村:(マイクなしで)音しりとり(注4)をした。


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宮田:音しりとりでしたね。

むっき:(マイクなしで)どっちもおもしろいけどね。


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注1:「いろいろなコラボレーションをほんとにたくさんしていて」…「Wあつし」(山中カメラと)、「おとアクセ」(江渕未帆と)など。
注2:「微分帖」…微分帖とは、紙を半分に折って、それを中とじの本をつくっていくように重ねて、ひとつながりの文章をつくった本のこと。宮田篤発案の共同作文の手法。
注3:「その後ずっとおもしろくてやっている」…個展「としょ感」(エビスアートラボ/愛知、2008)、個展「かんそう曲」(鑓水青年美術館/東京、2008)、個展「としょ感と図書館」(メディアセブン_川口市立映像・情報メディアセンター/埼玉、2010)などで積極的に用いる。その他の経歴はこちらも参照。
注4:「音しりとり」…〈おとしりとり〉(宮田篤、TAP2006)。一つの絵から擬音語を想像して文字で書く。その擬音語から発想した別の絵を描く。それらをしりとりのようにどんどんつなげていく。


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